まれて、戦争中、「現代文学」といふ雑誌の同人になつた。そのとき野口冨士男が編輯に当つて、私たちには独断で矢田津世子に原稿をたのんだ。その雑誌を見て、私はひどく腹を立てた。まるで私が野口冨士男をそゝのかして矢田さんに原稿をたのませたやうに思はれるからであつた。果して井上友一郎がさうカン違ひをして、編輯者の権威いづこにありやと云つて大井広介にネヂこんできたさうであるが、井上がさう思ふのは無理もなく、それだけに、矢田津世子が、より以上に、さう思ひこむに相違ないので、私の怒りは、ひどかつたのだ。
 けれども、そのとき、野口冨士男の話に、矢田さんが、原稿を郵送せずに、野口の家へとゞけに来たといふ、矢田さんは美人ですねといふ野口の話をきゝながら、私はいさゝか断腸の思ひでもあつた。
 まだ私たちが初めて知りあひ、恋らしいものをして、一日会はずにゐると息絶えるやうな幼稚な情熱のなかで暮してゐた頃、私たちは子供ではない、と矢田津世子が吐きすてるやうに云つた。それは愛慾に就て子供ではないといふ意味ではなく、私たちは大島敬司といふ男にだまされて変な雑誌に関係してゐたので、大島に対する怒りの言葉であつたが、私
前へ 次へ
全39ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング