モ。結婚すれば、私は勝ちうる。果して、勝ちうるであらうか。私はむしろ、対立と、自分の低さ、位置の低さを自覚するばかりではないか。
私は然し、そのやうに考へてゐたわけではない。そのやうに考へることの必要が、必要すらも、欠けてゐたのだ。即ち、私は、すでに結婚を諦めてゐた。時に軽率な情念のそれをめぐつて動くことをとめる術はないけれども、より深い、恐らく心意の奥底で、大いなる諦めを結んでゐた。不動盤石の澱みの姿に根を張つた石に似た雲のやうな諦念がある。それは一人の愛する女を諦めてゐるばかりではなかつた。より大いなるものを諦めてゐた。より大いなる物とは? それは私には、分らない。たゞ、何物か、であるだけだつた。そして、その大いなる何物かの重い澱みの片隅に、一人の女がゐるだけのことであつた。
私はむしろ、この明るいオッチョコチョイの女給をつれて、矢田津世子が一緒に行かうと云つた山々、上高地や奥白根の温泉宿へ行つてみればよかつたと思つた。なぜであるかは分らない。それはどうでもよいことだ。私はたゞ、私をそこへ誘つた矢田津世子は、だから、たぶん、ほかの男とはそこへ行きはしないだらうと、ふと考へた。然
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