ス。女はうゝんと背伸びをして、ふと気がついて、背伸びをしたいなと思ふ時でも、する気にならない時があるわね、と言つた。ほかに意味も翳もない単純な笑ひ顔だつた。お人好しで、明るくて、頭が悪くて、くつたくのない女であつた。朝、目をさまして、とび起きて、紙フウセンをふくらまして、小さな部屋をつきまはつて、一人でキャア/\喜んでゐたり、全裸になつて体操したり、そして、急に私にだきついてゲラ/\笑ひだしたり、娼家の朝の暗さがないので、私はこの可愛い女が好ましかつた。
窓をあけて青空を眺めたら、私は急に旅行に行きたくなつた。女も大賛成で、私は人から貰つて三日目ばかりの時計、これは全く私に縁がないやうにその宿命が仕組まれてゐたとしか思はれないほど高級品であつたから、女は大いに気をきかし、勇み立ち、この質屋、あの古物商、知りあひの商店の旦那をよびだして、かけあつたり、もういゝ加減で売つちやへと云つても、ダメ/\安すぎる、大いにハリキッて倦むことを知らない。質屋の出入にも、腕をくる/\ふりまはしながら飛んだり跳ねたり、ヘッピリ腰でのぞきこむかと思ふと急に威勢よくコンチハと大きな声で戸をあけたり、まるで天
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