Aそれに私は、センチメンタルではあるけれども、同時に、野放図な楽天家でもあつた。えゝマヽヨ、どうにでもなれ、といふことが、いつも、つきまとつてゐるのだから。
 矢田津世子と私は「桜」をやめた。二号目ぐらゐで、菱山もやめた筈だ。私はもう、あのころのことは殆ど記憶にない。雑誌のことも、矢田津世子のことも。私は特に彼女のことをつとめて忘れようとした長い期間があるのだから。
 そのころのことで変に鮮明に覚えてゐるのは、中原中也と吉原のバーで飲んで、――それがその頃であるのは私は一時女遊びに遠ざかつてゐたからで、中也とのんで吉原へ行くと、ヘヘン(彼は先づかういふセキバライをしておもむろに嘲笑にかゝるのである)ジョルヂュ・サンドにふられて戻つてきたか、と言つた。銀座でしたゝかよつぱらつて吉原へきて時間があるのでバーでのむと、こゝの女給の一人と私が忽ち意気投合した。中也は口惜しがつて一枚づゝ、洋服、ズボン、シャツ、みんなぬぎ、サルマタ一枚になつて、ねてしまつた。彼は酔つ払ふと、ハダカになつて寝てしまふ悪癖があるが、このときは心中大いに面白くないから更にふてくされて、のびたので、だらしないこと甚しく、
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