qだが、実に驚くべき洋酒の山で、私が行つたときも、ギッシリアキビンの山がつまつてゐたが、奥には本物もあつたかも知れぬ。そこでヘルマン先生は、かねて飲み仲間の親友マドロスに隣地へ小意気なバンガローをたてゝやり、二人でひねもす、よもすがら、飲んでゐたさうで、ヘルマン先生なりふり構はず、ボロ服に、貧乏時代からのマドロスパイプをくはへたまゝ、酒の外には余念がなかつたさうである。
独探のケンギを受けて、大正五年だかに国外退去を命じられたといふ。無実のケンギで、探照燈がたゝつて怪しまれたといふ話であつたが、快男子を無益に苦しめたものである。飲み仲間のゐたバンガローに当時は日本人の老画家が住んでゐて、廃屋廃園に、私達を案内してくれ、ヘルマン氏の思ひ出をきかせてくれたのであつた。廃屋は各階毎に寝室があり、寝室にはバスルームがつき、要するにヘルマン氏は、その日の気分によつて、何階かで下界の海を眺めて酒をのみ、酔ひつぶれて、バスにつかつて、寝てしまふ万全の構へがとゝのへられてゐるわけだ。女なんか目もくれなかつたといふから、私はとても及ばぬ。これには私も、ブッタマゲた。
矢田津世子は加藤英倫の友達であつ
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