ナあつたが、英倫はさのみこの人を好んでゐるやうでもなく、神戸の何とかいふ、実にまづい顔の、ガサツ千万な娘になんとなく惚れるやうな素振りであつた。外見だけであつたかも知れぬ。彼はセンチメンタル・トミーであつた。
 これは蛇足だが、この神戸の旅行で、私はヘルマンの廃屋とかいふ深山の中腹の五階建かの大洋館へ案内された。ヘルマン氏は元来マドロスか何かで、貧乏なのんだくれであつたが、兄が大金満家で、これが死に、遺産がころがりこんで一躍大金持になつたのださうで、そこでこゝに大邸宅をつくり、五階の上に塔をたて、この塔の中に探照燈を据ゑつけ、自分の汽車が西の宮駅へつくと、山の中腹の塔の上から探照燈をてらす。ヘルマン氏光の中へ現はれ、光の中なる自動車に乗る。この自動車が邸宅へはいるまで、自動車と共に探照燈の光が山を動いて行くのださうで、この探照燈は私が行つたとき、まだ廃屋の塔の中にそのまゝ置かれてゐた。軍艦などの探照燈と全く同じ大袈裟な物々しい物であつた。
 もう一つ、ブッタマゲルのはヘルマン先生の酒倉だ。庭の中の山の中腹へ横穴をあけて、当時の金で八万円の洋酒をとりよせ、穴の中へつめこんだ。驚くべき大穴
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