不自由さで十米とどかぬ時の訝しさは、ただ廃人ということのみを考えさせ、絶望のために益※[#二の字点、1−2−22]病状は悪化した。あるとき市村座(今はもうなくなったが)へ芝居を見に行き、ここは靴を脱がなければならない小屋で、下足番が靴をぬぎなさいと言い、僕もそれをハッキリ耳にとめてここは靴をぬがなければイケないのだと思い、又、それに反対する気持は決して持っていないのに、何か生理的、本能的とでも言う以外に法のない力で、僕は靴のまま上って行こうとするのである。そうして下足番になぐられた。それでも靴をぬごうとせず、又歩きだそうとするので、三人の男が僕を押えつけ、ねじふせて、靴をぬがせて突き放した。それ程の羞かしさを蒙りながら、僕は割合平然と芝居を最後迄見て帰ってきたが、そのときはどんな心理であったか、今はもう思いだすことが出来ないのである。
 当時僕には友達がなかった。たくさん有ったが、僕の方から足を遠くしたのである。なぜなら、僕が坊主になろうというのは、要するに、一切をすてる、という意味で、そこから何かを掴みたい考えであり、孤独が悟りの第一条件だと考えていた。けれども神経衰弱になってみると
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