ば、不自由はさせなかったものを。
睡眠不足というものは神経衰弱の元である。悟りをひらこうという青道心でも身体の生理は仕方がない。僕は昔の聖賢の如く偉くないから、睡眠四時間が一年半つづくと、神経衰弱になった。パーリ語の祈祷文を何べん唱えても精神益※[#二の字点、1−2−22]モーローとなり、意識は百方へ分裂し、遂に幻聴となり、教室で先生の声がきこえず幻聴や耳鳴りだけが響くのには大いに迷惑した。夏休みがきたから、故郷の海で水浴に耽り、一気に神経衰弱を退治してやろうと思って勇ましく帰省したのに、丁度家には親戚の娘が来ていて、この娘に附き添ってきた女中が渋皮のむけた女で淫奔名題のしたたか者であった。僕にナガシメを送り、僕が勉強――といっても本の前に坐っているばかり意識百方に分裂してただ四苦八苦のところであるが――の部屋へはいってきて、忘れ物をしましたがと言って何か探す風をして僕の出方を待っている。尤も僕はこの女が好きでなかったからこの方はさしたることはなかったが、当時もう一人、これは女中でなく、行儀見習のため朝から夜まで通ってくる大工の棟梁の娘の小間使いがいて、十八、可愛い娘であった。この娘
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