には参った。僕の部屋のことはみんなこの娘がしてくれるのだけれども、ある朝、もう御飯でございます、お起きなさいませ、と言ってやってきて(してみると、午前二時に起き、水をかぶるのは昔の夢、この頃はモーローふてねを結ぶに至っていたのであろう)よろしい、起る、そこで娘はカヤを外していた。僕はまだネドコにひっくりかえっていたが、煙草をとって貰おうと思って、ちょっと、とよんだ。娘の全身は恐怖のために化石し、然し、それは、期待のために息苦しい恐怖であった。僕は怖い顔をして、煙草と叫んだが、その時以来、僕の分裂した意識の中で、この娘の姿ばかりが、時ならぬ明滅、ために僕は疲れ、身心ねじくれた。
 悪いことには、この時以来、娘が急に信頼をよせて、怖がる様子がなくなった。そのころ家では毎日夕方になると一家総出で庭に水をまく。この土地は夕方になると風が凪ぎ、ソヨと動く物もない。母は夕凪ぎが大きらいで、庭一面に水をまかせて、せめて涼をとりたがる。僕は海から戻ってくるのが夕方で、これも神経衰弱退治と心得、水着の姿でまっさきにバケツをぶらさげて庭へとびだして水をまく。女中もみんな飛びだしてきて、娘も甲斐々々しく尻を
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