筆じゃア埓があくめいな、と至極物分りのよい独り言をもらして、どうだい、之は、え、筆は立つかね、なにさ、文章は書けるかってことさ。ああ文章なら絵よりも巧いぐらいだよ。ヘッヘッヘ、巧く言ってらあ、と、男は僕には意味の分らぬことを言い、数冊の本を見本に持ってきて、枕草子を書くことになった。出来たらオッカアに言って金を貰いな、又おいで、小遣い稼ぎはいつでもころがってらアな、と言い残して、男は出掛けてしまった。
 僕は数冊の春本を読んだが、一冊だけ相当の作品があり、種彦の作、流石に光っていた。午すぎまで専ら読む方に耽っていると、フトったオカミさん時々やって来てのぞきこみ、フンと言って僕を睨みつけて帰って行く。夕方までに小篇三ツ書いた。オカミさんは原稿を受取って読むふりをしていたが、芸者だの女中なんてえのは古風でダメさ、タイプライタアだのエレベエタアでなきゃこの節はやらねえや。大丈夫かい、と言う。先生字が読めないのだと分ったから、読んでごらん、と言うと、ジロリと睨んでアッサリ原稿を投げすてて、蟇口の中から十銭玉を畳の上へ幾つかころがした。三つ分だよ、と言った言葉は覚えているが、三つぶん、三十銭ずつ
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