神様の使者であると考えた。何でもよろしい、目的を定めて行為しておらねばならぬ。翌朝さっそく名刺をたよりに男の家を訪ねた。貧民窟である。どの家も表札がないので一時間ぐらい同じ所をグルグル廻らねばならなかったが、不思議な街があるもので、一町もある煉瓦づくりの堂々たる塀があるのである。ところが塀の両側はどっちも倒れそうな長屋がズラリと並んでいて、両側とも単に道であり、長屋であり、その道ではオカミサンが井戸をガチャガチャやり、子供が泣いたり、小便したり、要するに、昔、このへんに工場か何かあり、それをこわして塀の一部分だけこわし残っているうちに貧民窟が立てこんだという次第であろう。系図屋の家はその奥にあって、今まさに出勤という所、なるほどふとったオカミさんがいて、亭主の出勤など問題にせず食事中、チャブ台のまわりに子供がギャアギャアないていた。
来たのかい、と言って男はてれたが、気をとりなおして、マア上りな、たのしみのある商売さ、いい金になるぜ、と言った。猥画を書けというのだが、絵の道具がないからと断ると、それは困ったな、弘法は筆を選ぶと言って、商売人は絵筆のギンミ又厳重だと言うから、コチトラの
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