ぬ日数の後、僕は遂に決意して、この訪問を中止してまもなく、辰夫の兄という人から少女小説のようなセンチメンタルな手紙をもらい、辰夫は退院し、鉄道の従業員となって千葉の方へ行ったという知らせを受けた。
 大事な医療訪問をみんな失ってしまったので、危機至る、何でもよろしい、何か目的を探してそれに向って行動を起さねばならぬ。僕は当時酒の味を知らなかったが、一度修三に誘われて酒を呑んだことのある屋台のオデンヤへ、ねむれぬままに深夜出掛けて行った。ところが相客に四十五六と思われる貧相な洋服男があり、ケイズ屋という商売だそうで、勝手な系図をこしらえて成金共に売る、いい金になるぜ、吉原で豪遊してきた、と威張っていた。僕に色々と話しかけ、エカキの卵だなどとデタラメなことを答えていると、誂え向き、ケッコウ、突然男は叫んで、葉書のような名刺をだし、明朝ぜひ訪ねてこい、金もうけの蔓がころがっていると言う。年をとると毎晩のオツトメがつらいよ。オレのオッカアはふとっていて、オッカない女だからね、アッハッハ、と帰って行ったが、消えるような貧相な後姿で、ヨソ目ながら前途の光の考えられぬ男に見えた。
 けれども僕は之ぞ
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