夫の心事の当然そうあるべきことを僕も同情をもって見ていたから、直接そのことに腹は立たないのだけれども、話題のつきはてた毎日の憂欝、破裂しそうで、一日、遂に僕は怒り狂い、君は実に下らぬ妄想にとりすがり、冷めたさに徹する術を知らぬ哀れな男だ。こんな檻の中にいてこそ、せめて冷めたさに徹する道を学ぶがよい。君の母こそまことに冷酷きわまる半気違いで、君のことなど全然考えてはおらぬ。見事なぐらい君のことを心配しておらぬから、僕は却って清潔な気持になるぐらい、君と話をするよりも君のおッ母さんと話をする方が数等愉しい。僕が毎日この病院へくるのは君に会いにくるのじゃなくて、実のところは、受付の看護婦の顔を見にくるのだ、と言った。怒り心頭に発して、こう言ったのである。ところが辰夫は看護婦云々のことなどは問題にせず、打ちのめされた如くに自卑、慙愧、ものの十分ぐらい沈黙のあげく、自分の至らぬ我儘から君を苦しめて済まぬ、と言った。ところが意外のところに伏兵があって、看護婦云々の一言をきくやバイブルの看護人が生き返ったキリストの如くに突然グルリと目玉をむいたので、アッと思った。
 その翌日、或いはそれから程遠から
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