出ようよ」と、そのとき友達が言つてゐました。
翌日私はひとり海辺へ散歩にでました。浜で偶然言葉を交した漁師の小舟で、やがて私は海へ薄明《うすあかり》が落ちかけるまでぐぢ[#「ぐぢ」に傍点]を釣つてゐたのです。赤々と沈む夕陽を見ると、私は可愛い魔物の視線をよみがへらせてゐたのでした。
「君はあの家の仏像を知つてゐるのかね」私は漁師に訊ねました。
「仏像と――?」
漁師はやがて笑ひだしてゐたのです。「なるほど、あれは仏像だ。あの混血《あいのこ》の父《てて》なし娘は白痴で唖でつんぼだよ」
そして私は漁師から友達の妻が白痴で唖であることを知らされてゐました。混血児のみがもつやうな光沢の深い銅色をした美しい娘であつたさうです。友達は自ら激しく懇望して、やがて妻としたのださうです。
「おや/\、虎でもなくて白痴だつたか」けれども私は、ぼんやりと自然に海をながめてゐました。
釣りあげたぐぢ[#「ぐぢ」に傍点]をさげて、私は家《うち》へ帰りました。一日の潮風を洗ひ流して浴室をでるとき、私は廊下の角《すみ》の方をみたのですが、もはや夜も落ちてゐたし、誰の視線もなかつたのです。
――あの傷口にあ
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