秘密なく、あまつさへ幻滅に富むものでありませうか。ひたすら妄想に身を焼きこがした人々が、やがてこれらの仏像のやうに、汲めども尽きぬ快楽と秘密をたきこめた微妙な肉体を創りだすこともできるのでした。老齢なほ妄念の衰へを知らず、殺気をこめて鑿を揮ふ老僧を思ひ泛べずにゐられません。
私は、薄暗い手燭の燈に照しだされた木像の胸や腰や腕や頸のあまりにも生々しいみづみづしさに幾分不気味な重苦しさを覚えてゐました。やがて四囲《あたり》の事情に反し仏像のみに積る埃のないことを見て、
「君は、毎日、これを眺めにここへくるのか」私は彼にたづねました。
「つい先頃まで書斎に置いたものなのだ」彼は私の疑惑を察して答へるのです。「散歩にでたり、空気銃をうつたり、硝子をこはしたり、ほつとくと勝手な悪戯をするのでね」そして彼ははじめていくらか打ち解けた笑ひ顔をみせたのです。
しかし私は彼が幾分私の眼から隠すやうにしてゐたところに――木像の脾腹のあたりに、たしか刃物でゑぐつたやうなまだ生々しい傷あとを認めてゐました。傷口から脾腹のあたりに、まるく滲んだ血糊のあとを、たしかこの眼に認めたやうに思はれたのです。
「さあ
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