南風譜
――牧野信一へ――
坂口安吾
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)友達の家《うち》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ぐぢ[#「ぐぢ」に傍点]を釣つてゐた
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)おや/\
−−
私は南の太陽をもとめて紀伊の旅にでたのです。友達の家《うち》の裏手の丘から、熊野灘が何よりもいい眺めでした。
このあたりは海外へ出稼ぎに行く風習があります。それゆゑ変哲もない漁村の炉端で、人々は香りの高い珈琲をすすり、時には椰子の実の菓子皿からカリフォルニヤの果物をつまみあげたりするのです。
友達の家に旅装をといて、浴室を出ようとすると、夕陽を浴びた廊下の角《すみ》から私の方を視凝《みつ》めてゐる女の鋭い視線を見ました。私の好きな可愛らしい魔物の眼でした。密林の虎の姿勢を思はせて、痺れるやうなノスタルジイに酔はすので、そのやうな眼をもつ人を私はいつも胸に包んでゐるのでした。
友達の顔を見ると、私はさつそく今見た話を伝へました。
「俺のうちには婆やと子供の女中のほかに女は
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