つた血は……私は眠りに落ちるとき、ひとりごとを言つてゐました。やつぱりほんとの血だつたな。気のまよひではなかつたのだ。
 あの仏像を書斎へ置いたら、白痴の妻ではないにしても恐らく嫉妬をいだかずにゐられないのが至当なのでした。白痴の妻がつひに刃物を揮つたのでせう。自らの手が傷ついて血潮が仏像の傷口をそめたのでせう。
 けれども白痴の嫉妬よりも――私はふと重い思ひに沈んでゐました。あの男のあこがれが、現実の美女達よりも白痴の女をもとめさせてしまつたやうに、結局白痴の女よりも、あやしい快楽の数々に富んだあの木像が、いつそう彼の心をみだしてゐたかも知れない。……
 私は苦しくなるのでした。白痴の女の憎しみが、あまり生々しく私の胸すら刺したからにほかなりません。そして私はなほいつそうの生々しさで、仏像の秘密の深い肉体を思ひ、うねうねと絡みついてくるやうな鞭に似たその弾力の苦しさに驚かずにはゐられぬのでした。
 木像のみづみづしい脾腹のふくらみにまるく滲んだ血糊は、ほかでもない、やつぱりあの快楽の深い肉の中からどく/\と流れでてきた血潮なのでした。
「とにかく――」私はすでに眠りのなかで決意をかた
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