てしまふ、されてしまふ、と。その安心の油断のみが、百川の最後に乗じうる隙だつた。
百川は道鏡にとりいつた。全ての藤原貴族達も、おもねつた。否、あらゆる人々がさうだつた。
道鏡の故郷は河内の弓削だつた。百川はことさら道鏡に懇願して、その栄誉ある法王の生国河内の国守に任命してもらつた。
道鏡は天皇にすゝめ、生地の弓削に由義宮《ユゲノミヤ》を起し、西京とした。河内国は昇格し、河内職をおかれた。百川もこれに伴ふて昇格し、河内職の太夫になつた。
女帝も由義宮へ行幸した。歌垣が催された。するとこの地の長官たる百川は、それが彼の最大の義務であるやうに、自ら進んで、倭舞《やまとまい》を披露した。舞の手はさして巧くはなかつたが、その神妙さ。一手ごとに真心をこめ、全心の注意をあつめ、せめてはその至情によつて高貴なる人々の興趣にいくらかでも添ひたいといふ赤心が溢れて見えるのであつた。
道鏡は満足した。そして百川の赤心を信じこんで疑ることを知らなかつた。
★
女帝は崩御した。宝算五十三。
道鏡の悲歎は無慙であつた。葛木山中の岩窟に苦業をむすんだ修練の翳もあらばこそ。外道の
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