高のものに深まつた。道鏡は唯一無二のものだつた。それは、然し、すでに昔から、さうだつた。女帝は堅く決意した。道鏡はわが後継者、皇太子、次代の天子、といふことだ。世の思惑は物の数ではなかつた。祖宗の神霊も怖れなかつた。
のみならず、世上の風説も、この事件の結末から、道鏡は天皇でありうるといふ結論になり、やがて、次代の天皇は道鏡だといふ取沙汰があつた。未だに立太子の行はれぬことが、この風説を疑はれぬものに思はせた。そして、人々は確信した。やがて道鏡は天皇である、と。
百川は再び啓示をつかんでゐた。女帝のこの絶対の信任のある限り、女帝の存命中は道鏡を失脚せしめる見込みはなかつた。女帝の死後。それあるのみ。
百川は、道鏡天皇説の流行を逆用する手段を見出してゐた。道鏡は愚直であり、信じ易い性癖だつた。道鏡天皇説を益々流行せしめるのだ。庶民達がそれを真に受けて疑ることがないぐらゐ。そして、道鏡に思ひこませてしまふのだ。必ず天皇になりうる、と。殿上人《てんじようびと》も地下《じげ》も庶民も、全てがそれを希んでゐる、と。そして彼は安心しきつてゐる。信じきつてゐる。人々の総意により自然に天皇になつ
前へ
次へ
全48ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング