がこみあげてきた。この単純な魂を、この高貴な魂を、なぜそなたらは、あざむき、辱しめ、苦しめるのか。女帝の顔はにはかに変つた。清麻呂をはつたと睨みすくめてゐた。
すでに清麻呂は面を伏せて控えてゐたので、女帝の怒りの眼差は気付かなかつた。然し、百川はそれを見た。彼の胸に顛倒した叫びが起つた。シマッタ! と。
然し、そのとき天皇はすつくと立つて、すでに姿が消えてゐた。
★
清麻呂は芝居をやりすぎた。あまり正直に生の感情をむきだしたことによつて。あまりに嘘がなかつたゝめに。彼は正直でありすぎた。すでにカラクリの骨組は女帝に看破せられたことを百川は悟らずにゐられなかつた。
寸刻の猶予もできなかつた。たゞちに清麻呂に因果をふくめ、神教偽作のカラクリ全部を一身に負ふ手筈をきめる。直ちに百川は上奏して、清麻呂はすでに神教偽作の罪状を告白したと告げた。さもなければ、カラクリの全部がばれるから。
清麻呂は官をとかれ、別部穢麻呂《わけべのきたなまろ》と改められて、大隅《おおすみ》国へ流された。
百川の秘策は完全な失敗だつた。この事件により、女帝の道鏡によせる寵愛と信任は至
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