向けた批難のきざしが微塵もなかつた。
 清麻呂の態度は明らかに、阿曾麻呂は道鏡の旨をうけて贋神教をもたらした傀儡であると断じてゐる。清麻呂の神教自体の語るところが、さうでなければ意味をなさぬ。女帝は道鏡を知つてゐた。彼にはあらゆる策がなかつた。かりに己が主観はとりのぞき、真実阿曾麻呂が道鏡の傀儡だつたと仮定せよ。和気清麻呂とは何者か。彼はたゞ神教の真否をたゞす使者ではないか。ありのまゝの神の言葉を取次ぐだけの使者ではないか。私情のあるべきいはれはない。語気のあるべきいはれはない。言葉と意味があるだけでなければならぬ。
 清麻呂の語気は刃物となつて道鏡を斬り、怒りと憎しみと正義によつて、高ぶり、狂つてゐるではないか。即ち、そこにあるものは、神教ではなく、彼自身の胸の言葉でなければならぬ。
 すべてがすでに明白だつた。阿曾麻呂も清麻呂も、ぐるなのだ。道鏡をおとすワナだつた。
 道鏡は激怒にふるへてゐた。面色は青ざめはてゝ、その息ごとに、その鼻から、その目から、忿怒の火焔の噴きでぬことが不思議であつた。
 女帝はかゝる傷ましい道鏡の顔を見たことはなかつた。女帝の胸は苦痛にしびれた。一時に怒り
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