になることはできないのかな、と、女帝の空想はたのしかつた。道鏡が天皇になつたら、うんと駄々をこねて、こまらしてやりたい。うんとすねたり、うんと甘えたり、手のつけられないお天気屋になつてやりたい。そして道鏡の勘の鈍い、取り澄した、困つた顔を考へて、ふきだしてしまふのだ。

          ★

 和気清麻呂《わけのきよまろ》は戻つてきた。
 彼のもたらした神教は意外な人間の語気にあふれ、奇妙な結語で結ばれてゐた。無道の者は早くとりのぞくべし、といふのだ。
 道鏡は激怒した。なぜなら、彼は、たゞ神教の真否をもとめたゞけだつた。天皇になりたいなどゝは言はない筈だ。むしろ、心の片隅ですら、それを望んだ覚えがなかつた。
 清麻呂の復奏は、たゞ道鏡を刺殺する刃物の如く、彼のみに向け、冷やかに、又、高く、憎しみと怒りと正義をこめて、述べられてゐた。
 その不思議さに、いち早く気付いた人は女帝であつた。道鏡の立場は何物であるか。彼はたゞ、贋神教に告げられた一人の作中人物にすぎない。咎めらるべき第一のものは、贋神教であらねばならぬ。神教はそれに就いてはふれてはをらぬ。清麻呂の語気も態度も、阿曾麻呂に
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