れ、内省されたことがない。
 女帝は彼に法王を与へた。天子と同じ月料と、天子と同じ食服と、鸞輿を与へ、法王宮職をつくつて与へた。すでに実質の天皇だつた。すくなくとも、彼女が男帝ならば、道鏡は皇后だつた。
 女帝は気がついた。家をまもる陰鬱な虫の盲目の希ひが、天皇は自分であるといふことを、てんから不動盤石に、疑らせもしなかつたのだ、と。
 女帝は道鏡が気の毒だつた。いたはしかつた。そして、いとしくて、切なかつた。どこの家でも、女は男につき従つてゐるではないか。なぜ、自分だけ。なぜ道鏡が天皇であつてはいけないのか。
 女帝は決意した。宇佐八幡の神教が事実なら、そして、勅使がその神教を復奏したなら、甘んじて彼に天皇を譲らう、と。なぜなら、彼は皇孫だから。諸臣もそれを認めてゐる。のみならず、天智天皇の孫ではないか。
 女帝はその決意によつて、幸福であつた。愛する男を正しい男の位置におき、そして自分も、始めて正しい女の姿になることができるのだ、と考へた。
 まだ女帝には皇太子が定められてゐなかつた。可愛いゝ男は今は彼女の皇太子でもあつたのだ! 上皇といふ女房の亭主が天皇とは珍らしい。天皇から皇后
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