教によつて祝福された道鏡の宿命と徳をたゝへた。そして道鏡は皇孫だから、当然天皇になりうる筈だと異口同音に断言した。甘言はいかなる心をもほころばし得るものである。それをたとへば道鏡がむしろ迷惑に思ふにしても、それを喜ばぬ筈もない。
然し、と彼等の一人が言つた。事は邦家の天皇といふ問題だから、阿曾麻呂の捧持した神教だけで事を決することはできぬ。然るべき勅使をつかはして、神教の真否をたゞさねばならぬ、と。
もとよりそれは何人をも首肯せしめる当然の結論だつた。もし道鏡がその神教を握りつぶして不問に附する場合をのぞけば。
道鏡は迷つた。然し、彼は単純だつた。まことにそれが神教ならば、と彼は思つた。
そして、彼が勅使の差遣に賛成の場合、彼は天皇になりたい意志だといふ結論になることを断定されても仕方がないといふことに、気付かなかつた。
勅使差遣の断案は道鏡自身が下さなければならないのだ。彼は諾した。
★
道鏡をこの世の宝に熱愛し、その愛情を限りなく誇りに思ふ女帝であつたが、道鏡を天皇に、といふ一事ばかりは夢にも思つてゐなかつた。天皇は自分であつた。その事実は、疑ら
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