を冷静に待てばよかつた。あせる必要はなかつたから。
彼等は法王道鏡を天子の如く礼拝し、ひれふし、敬ふた。陰口一つ叩かなかつた。法王たることが道鏡の当然な宿命であることを、彼等が知つてゐるやうだつた。
然し、法王といふ意外きはまる人爵の出現に、百川の策は天啓の暗示を受けた。それは道鏡に天皇をのぞむ野望を起させ、そのとき、それを叩きつぶすことによつて、一挙に彼を失脚せしめる芝居であつた。
折から彼等の腹心の中臣|習宜阿曾麻呂《スゲノアソマロ》が大宰府の主神《カンヅカサ》となつて九州へ赴任することになつた。主神は大宰府管内の諸祭祀を掌《つかさど》る長官で、宇佐八幡一社のカンヌシの如き小役ではなかつた。
百川は彼に旨をふくめた。
赴任した阿曾麻呂は一年の後、上京した。彼は宇佐八幡の神教なるものを捧持してゐた。それに曰く「道鏡をして皇位に即かしめば、天下太平ならん」と。
道鏡は半信半疑であつた。天皇を望む野心を、夢みたことすら、彼はなかつた。望む必要がなかつたのだ。天皇は、すでに、ゐた。彼の最も愛する人が。彼のすべてゞある人が。
然し、藤原一門の陰謀児たちは執拗だつた。彼等は先づ神
前へ
次へ
全48ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング