を下し、ひそかに兵数を増加した。
 密告する者があつて、罪状あらはれ、押勝は逃げて近江に走つた。退路を断たれ、追捕《ついぶ》の軍は迫つてきた。押勝はやむなく我が子、辛加知《カラカチ》の任地越前に逃げ、塩焼王をたてゝ天皇と称し、党類に叙位して士気を煽り、その儚なさに哀れを覚えるいとまもなかつた。追捕の軍は攻めこんできた。味方の勢は戦ふ先に逃げだしていた。秋だつた。時雨が走り、山に枯葉がしきつめてゐた。彼は刀も手に持たず、敵に向つてフラ/\うごいた。まるでわけが分らぬやうに相手の顔を見つめてゐた。刀は肩へ斬りこまれた。まるでびつくり飛び上るやうな異体《えたい》の知れない短い喚きが虚空へ消えた。斬られた肩を片手でおさへた。すると指をはねるやうに血のかたまりが吹きあげた。そして彼はごろりと転んで死んでゐた。
 塩焼王も殺され、押勝の妻子も斬られ、その姫は絶世の美貌をうたはれた少女であつたが、千人の兵士に犯され、千一人目の兵士の土足の陰に、むくろとなつて、冷えてゐた。
 天皇の内裏も兵士によつて囲まれた。使者の読みあげる宣命に「天皇の器にあらず、仲麻呂と同心して我を傾ける計をこらし」と書かれてゐ
前へ 次へ
全48ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング