う》等に達し、看病薬湯の霊効に名声があつた。その法力と、仏道堅固な人格と、二つながら世評が高く、内裏の内道場に召されたのだ。
 彼の魂は高邁だつた。その学識は深遠であつた。そして彼は俗界の狡智に馴れなかつた。小児の如くに単純だつた。荒行にたへたその童貞の肉体は逞しく、彼の唄ふ梵唄はその深山の修法の日毎夜毎の切なさを彷彿せしめる哀切と荘厳にみちてゐた。彼はすでに押勝に劣らぬ老齢だつたが、その魂の、その識見の、その精進の厳しさによつて、年齢のない水々しさが漂つてゐた。
 天皇はいつ頃からか、道鏡に心を惹かれてゐた。
 天皇はすでに位を太子に譲り、上皇であつた。然し、新帝の即位は名ばかりで、政務は上皇の手にあつた。
 六代の悲しい希ひによつて祈られてきた宿命の血、家の虫のあの精霊が、年老いた女帝の心に生れてゐた。その肉体は益々淫蕩であつたけれども、その心には、家の虫の盲目的な宿命の目があたりを見廻し、見つめてゐた。
 色々のことが分つてきた。見えてきたのだ。家の虫の盲目的な宿命の目によつて。
 新たな天皇と太政大臣押勝は一つのものであつた。新帝は、彼女のものでもなく、国のものでもなく、押勝の
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