、寵をたのんで、諸兄を退け、皇太子の廃立を行ひ、陰謀によつて敵を平げ、その兄すらも退けた。あとを襲つて右大臣となり、二年の後に、太政大臣に累進した。
 藤原若手の貴族達は一門の昔の夢を描きつゝ、年毎にその当然の官位をすゝめてゐたが、今は、当面の敵を倒さなければならなくなつてゐた。当面の敵は、押勝であつた。なぜなら、押勝も同じ彼等の一族ではあつたが、まるで彼等の首長のやうに専横すぎるからであつた。
 彼等のすべては個人主義者、利己主義者であつた。彼等は一族の名に於て団結したが、それはたゞ共同の敵を倒すための便宜以外に意味はなかつた。彼等はたゞ己れの利益と、己れの栄達を愛してゐた。そして、生れながらの陰謀癖と、我身の愛を知るのみの冷酷な血をもつてゐた。その老獪《ろうかい》な陰謀癖と冷めたさは鎌足以来の血液だつた。
 陰謀の主役は年長の永手よりも、むしろ若年の百川だつた。永手は彼らの最長者であり、官職も中納言にすゝんでゐたが、百川はまだ二十五をまはつたばかりで、取るにもたらぬ官職だつた。然し、その老獪な策略と執拗な実行力はぬきんでゝゐた。
 彼等のすべてが押勝の腹心だつた。押勝に媚び、すゝん
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