選ぶところを奉ずるのがよからう、と言ふ。口惜しいけれども、正論であつた。そこで聖断をもとめると、もとより天皇の言ふところはきかぬ先から分つてゐる。船王は閨房修まらず、池田王は孝養に闕《か》けるところがあり、塩飽王は上皇がその無礼を憎まれてをり、たゞ、大炊王だけは若年ながら過失をきいたことがないから、と、押勝の筋書通り、すでに押勝の意志するところが、女帝の意志に外ならなかつた。聖旨ならばと云つて、もとより諸臣はこれに反対を説《とな》へることはできなかつた。
★
左大臣は橘諸兄、右大臣は藤原豊成であつた。豊成は押勝の兄だつた。
聖武上皇が死床に臥してゐるとき、諸兄が酔つてふともらしたといふ言葉尻をとらへて、佐味宮守《さみのみやもり》といふ者が密告して、左大臣は然々《しかじか》の無礼な言があつたから謀反の異心があるかも知れぬ、と上申した。上皇は事の次第を糾問しようとしたが、太后が口をそへて、あの実直な諸兄にそのやうなことがあり得る筈はありませぬ、と諫《いさ》めたので、上皇も追求しなかつた。
けれども諸兄は押勝の野心と企みを怖れた。
彼が信任を得てゐるのは上皇と
前へ
次へ
全48ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング