るがよい。押勝は神酒を飲んで、誓つた。上皇の目は光つた。よろしいか。もしもお前がこの言葉に違ふなら、天神|地祇《ちぎ》の憎しみと怒りはお前の五体にかゝるぞよ。たちどころに、お前の五体はさけてしまふぞ。上皇は押勝をはつたと睨んで、叫んでゐた。
 上皇は崩御した。
 押勝は上皇の病床に誓つた言葉のことなぞは、気にかけてゐなかつた。それにしても、機会の訪れは早すぎた。諒闇《りようあん》中に、皇太子が侍女と私通した。女帝から訓戒を加へたけれども、その後も素行が修まらない。春宮《とうぐう》をぬけだして夜遊びして、一人で戻つてきたり、婦女子の言葉をまに受けて粗暴な行ひが多く、機密が外へもれてしまふ、それが罪状の全てゞあつた。
 諸臣をあつめて太子の廃否を諮問する。天皇の旨ならばそむかれませぬ、大臣以下諸臣の答へは、さうだつた。即日太子を廃して、自宅へ帰してしまつたのである。
 改めて太子をたてる段となり、右大臣豊成と藤原永手は塩飽王を推した。文室珍努《ふんやのちぬ》と大伴古麿《おおとものこまろ》は池田王を推した。押勝のみは敢てその人を名指さず、臣を知る者は君に如かず、子を知る者は親に如かず、天皇の
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