つ者は朕なり。天下の勢をたもつ者も朕なり」と勅した天皇は、その鋳造を終つて東大寺に行幸し、皇后と共に並んで北面の像に向ひ、凛々と大仏に相対し、橘諸兄に告げしめて「三宝の奴《やつこ》と仕へ奉る」と、そして敬々《うやうや》しく礼拝した。人は実に自愛の果には礼拝の中に身の優越を見出すものだ。
それは二人の宿命の遊びであつた。五丈余の大仏と、それをつゝむ善美華麗、天下の富をつくした建築、諸国には国分寺が立ち、国分尼寺が立ち、それは、まさしく天下の富を傾けつくしてゐたのである。
諡号《しごう》して聖武天皇といふ。武は内乱の鎮定であるが、聖は神武の聖徳をつぎ、それにも劣らぬ天下興隆の英主としての聖の字であつた。その聖の字はたゞ宮中の内外の仏徒の口によるものであり、その聖徳も仏徒によつてたゝへられてゐるものだつた。宮中にすら国民の窮乏に思ひをよせる人はゐた。果して天下は興隆したか。然り、仏教は興隆した。奈良の都は栄えた。諸国に国分寺がたち、大仏がつくられ、東大寺は都の空に照り映えた。天皇は三宝の奴となつた。
然し、その巨大なる費用のために、諸国は疲弊のどん底に落ち、庶民は貧窮に苦しんでゐた。朝
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