。その沈静な女たちの心情が厭ふものは淫乱であり、正しとするものは信仰であつた。
 元明天皇が首皇子に安宿を与へるとき、特に言葉を添へて、これは朝家の柱石であり、無二の忠臣であり、主家のためには白髪となり、夜もねむらぬ人の娘なのだから、たゞの女と思はずに大切にするやうに、といふ言葉があつた。
 然し、そのやうな言葉すらも不要であつた。皇子の心はすべてに於て安宿によつて満たされた。美貌と才気は言ふまでもなかつた。特にその魂の位に於て。天下第一の魂の位に於て。
 まさしく二人は、そのやうに希はれ、祈られ、夢みられて、その如くに育てあげられた無二の二人であつた。首皇子を育てたものは、その祖母と伯母の外に、更により多く三千代であつた。そして三千代は首皇子を念頭に常に安宿を育てゝゐた。首皇子はその幼少に三千代にみたされて育つた翳を、より若く、より美しい安宿の現実の魅力の中で、思ひだし、みたされてゐた。曾《かつ》て四囲の女人達に吹きこまれてゐた天下第一の身の貫禄を、安宿の自然の態度の中に見出して、その各々が、より高くみたされることが出来るのであつた。
 天平十八年、大仏の鋳造に当つて「天下の富をたも
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