は元明の娘であつた。
二人の幼帝の成人を待つ三人の老いたる女は同じ血液と性格を伝承し、ひたすら家名の虫の如き執拗な意志を伝承してゐた。時代と人は変つても、その各々の血と意志に殆ど差異はなかつたのだ。
家名をまもる彼女等の意志は、男の家長の場合よりも鞏固であつた。なぜなら、彼女等の自由意志は幼帝を育てるといふ事柄のうちに没入し、彼女等の夢の全てがたゞ幼帝の成人に托されてゐたからである。女達がその自由意志、欲情を抑へ、自ら一人の犠牲者に甘んじて一つの目的に没頭するとき、如何なる男も彼女等以上に周到な才気と公平な観察を発揮することはできないものだ。
史家は三千代を女傑といふ。意味にもよるが三千代はたぶん策師ではなかつた筈だ。なぜなら私情を殺した女の支配者の沈静なる観察に堪へて最大の信任を博したのだから。彼女は貞淑であり、潔癖であり、忠実であつたに相違ない。もとより、すぐれた才気はあつたが、善良であつたに相違ない。温和であつたに相違ない。
沈静な女支配者の周到な才気と観察の周囲には男の策略もはびこる余地はなかつた。大臣は温和であつた。藤原不比等は正しかつた。彼等は実直な番頭だつた。すべ
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