公式的な左翼主義者は人間あるひは人性に就て目をつぶり、農村や工場の搾取といふ一点だけを強調し、搾取のために人間まで歪められたのであり、搾取さへなくなれば人間の楽園が訪れるやうなことを言ふ。かかる軽率な論断は罪悪的なものであり、政治の改革によつて搾取は一朝にして取り除くことができるけれど人間の殻はさうはいかぬ。人間には数千年の歴史が複雑なヒダをつくつてゐるからである。
軍国日本が今日の敗北をまねいたのは軍人に文化がなかつたからで、彼らに文化があつたなら、第一戦争などはしなかつたらう。国民儀礼といふあの馬鹿々々しい行事を発明し、お母さんと叫んで死ぬ兵隊に天皇陛下万歳と叫ばせようといふのであるが、彼等は日本文化を二千何百年前の神代時代の原始へ退歩させてゐた。けれども公式的な左翼主義者の文化に対する考へも、大体似たやうなものである。彼等は農村や工場の現在の教養を文化の温床と断定し、それが便利であるために、他の真実な困難な道をごまかしてゐる。かうして、又、新しい世代が偽瞞によつて始まらうとしてゐるのである。
文化は政治のまきぞへを食ふべき性質のものではない。否、文化はその独自の立場から政
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