自分の悪質さをてんで自覚してをらぬのだ。農村の諸方に現れる類型的な民事裁判の例、証文なしで借りておいてその親友を裏切つたり、畑の垣根を少しづつづらしたり、彼等は如何に親友や隣人を裏切つてゐるか。彼等は人を信頼しないが、彼等自身が同様に信頼すべからざる性質をもち、自分の質の悪さを自覚せず、他の美しさを知らないだけに始末が悪い。
すべてその因由は視野の狭さ、教養の低さ、文化の低さであり、排他的な農村の性格がもたらした悲しむべき畸形であつて、進歩的な性格と文化を把握したならば、彼等は過去に於てさうであつた如く、未来に於ても日本を導く最も強力な原動力たるべき人なのである。現在すでにさうではないが。現在日本の農村に高い徳義があつたなら、それが日本の徳義を決定するだけの中枢的な役割をしめてゐる。だが、彼らの口からもれる呟きはたゞ「だまされた」といふことだけで、その呟きによつて自己の悪質な行為を合理化しようとしてゐるだけだ。そして彼等は歴史の流れが彼等に与へた最も進歩的な役割を抛棄してゐるのである。農民がかゝる悪質な性格を残したまゝ新日本の中枢を占めるに至つたなら、日本の悲劇これより大なるはない。
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