潟の当時木橋の万代橋《ばんだいばし》がこはされて河幅がせばめられて鉄の橋が架けられることになり、日本一の木橋がなくなり郷土の自慢が一つへることに身を切られる思ひがしたものであるが、この子供心の奇妙な悲歎は私のみが経験したものではなかつたであらう。そしてかゝる保守的な感傷は農村に於ては大人達の心にすら宿り、それが頑固な片意地にまで発育してゐるのではないかと思ふ。
農村は祖先伝来の土そのものを母胎とし、土そのものに連綿伝来の血が通つてゐるのは農村の性格ではあるけれども、伝統と排他性とを混乱せしめてはならぬ。排他性によつて守られた伝統は純粋なものではなく、不具者であり畸形なるものであつて、正当なる発育を歪め、とゞめてゐる。正しい伝統は当然自ら発育すべきものであるに拘らず、排他的な伝統はこの発育をとどめてをり、日本に於ける農村の伝統的な生活形態とよばれるものは全く排他的性格によつて歪められたものであると言はねばならぬ。民俗学や土俗学の愛好者達が農村の古い習俗に眼を向けて探究をすゝめることは結構であるが、その偏愛の結果が土俗への愛着や保存に向けられるのは奇妙な話であり、発見せられたる畸形の素因
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