へそゝぐところに澱んだ溜りがえぐられて、曲折して海へ流れている。この澱みが、早川でたった一ヶ所ドブ釣りのできる場所で、ここで糸をたれていると、背中へ太平洋のシブキがかかるのである。砂浜で、海に背をむけて鮎を釣ることになるのである。この風景だけは雄大きわまるものであったが、釣れる鮎はメダカにすぎないのであった。
 詩人の熱狂ぶりにつりこまれて、私もひとつ釣ってみようという気持になった。私がそういう気持になった最大の原因は、鮎はカバリというものを用いて、一々エサをつける必要がないという不精なところが何よりピッタリしたからであった。それに鮎は、手でつかんでも、手が臭くならないことが私を安心させもした。
 私は朝の四時にはすでに流れに立っていた。私の家から流れまで三十秒、土堤を登って降りるだけの時間ですむのである。
 私は三十分ぐらいの時間に三十匹程メダカを釣った。五本のカバリがついていたが、時には同時に三匹つれたこともあった。つれた時、糸をあげる手応えは、メダカでも、ちょッと悪くないものだ。それが気に入って、三日間つゞけたが、だんだん釣れなくなったので、やめた。たくさん泳いでいる鮎の姿は目に
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