していた。橋の上から流れを眺めると、何百匹ずつ群れて走っているのが見えるが、メダカのように小さいのである。海からいきなり箱根山で、魚の育つ流れがいくらもないから、特別小さいのだろう。メダカみたいな鮎を本気で釣るつもりなのかな、と、私は詩人の心境が分らなかった。けれども、詩人はまったく夢中で、小林秀雄と島木健作のところへ六月一日に鮎を食いに来いという案内状を発送した。
 一般に鮎釣りというものは、漁場の権利みたいな料金を支払うのが普通である。ところが、早川だけはタダである。そうだろう。メダカじゃないか。けれども、三好達治は、自分一人では満足できず、私にも釣具一式を与えて、ぜひともやってみろという。
「君は流し釣りでタクサンだ。素人だからね。僕ぐらいになると、ドブ釣りをやる」
 魚釣りはきまって天狗になるものらしい。三好達治はドブ釣りをやるんだと云って、ドブ釣り自体が名人の特技のようなことを言って力んでいたが、実際はてんで釣れなかったのである。鮎が小さいからダメなんだ、と、今度は魚のせいにした。
 けれども、早川のドブ釣りは、風景的に雄大であった。すぐ、うしろが、太平洋なのである。早川が海
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング