釣り師の心境
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)投網《とあみ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三十|米《メートル》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)わざ/\
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 私は妙に魚釣りに縁のあるあたりに住んできたが、小田原で三日間ぐらい鮎釣りをした以外は魚を釣ったことがない。先日もお医者さんから、早朝の魚釣りなどは健康によろしいから、とすゝめられたが、なるほど今住むところも、わざ/\東京から釣りにくる人があって、それを目当てのボート屋などもある土地だが、釣りをする気持にはなれないのである。
 駅前のカストリ屋のオヤジは投網《とあみ》をもっていて、これも私を頻りに誘う。私がキャッチボールをしていると、野球はカラダに毒ですよ、投網は健康ですぜ、と言う。
「投網だって、投げるんじゃないか」
「ヘッヘッヘ。理窟はいけません。未明という時間に関係のある微妙な問題です」
 このオヤジはむつかしいことを言うのが好きなのである。私を取手《とりで》という町へ住ませた本屋のオヤジも釣り狂で、むつかしいこと
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