を言うのが好きであった。井伏鱒二なども微妙なことを言うのが好きであるから、釣り師の心境であるかも知れない。
 私は取手という町に一年あまり住んでいた。利根川べりの小さい町で、本屋のオヤジはこゝをフナ釣りのメッカみたいなことを云っていたが、これを割引して考えても、魚というものは、よほど釣れない仕掛けになっているようである。
 この町へは、下村千秋と上泉秀信と本屋のオヤジがお揃いで、よく釣りにきた。彼らは伊勢甚という旅館へ旅装をといて、そこの倅《せがれ》の案内で、釣れそうなところへ出掛けるのである。私がこの町へ住むことになったのも、その関係で、あそこなら閑静だから仕事ができるだろうと本屋のオヤジがムリにすゝめたのであった。
 私ははじめお寺の境内の堂守みたいな六十ぐらいの婆さんが独りで住んでいる家へ間借りする筈であった。伊勢甚のオカミサンがそうきめてくれたのである。ところが私が本屋のオヤジにつれられて伊勢甚へ行くと、
「六十の婆サンでも、女は女だから、男女二人だけで一ツ家に住むのは後々が面倒になります。別に探しますから、今夜はウチへ泊って下さい」
 と云った。このオカミサンは四十四五であっ
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