でなく、いかにもみすぼらしい見世物になってしまうだろう。ともかくゲラゲラ笑われても、たのしまれているのは何よりだ。
「皆さまの清き一票は何とぞ三高吉太郎、三高吉太郎にお願い致しまーす」
 と叫んで演説を終ると、ゲラゲラパチパチといくらか拍手も起って、
「よーし。心配するな。オレが引受けた」
「ときに、ここは何区だね」
 なぞと声援がとんだほどである。
 三高のトラックは花見の中を遠慮深く通りすぎて止った。すると三高は候補者のタスキをはずし、運動員にかこまれて、花見の人群れへ戻ってきた。そして彼らも花の下で一パイやりはじめたのである。
「候補者の花見なんて聞いたことがねえや。いよいよ変だぜ、この先生は」
 寒吉もつくづく呆れた。寒吉も弁当はブラさげてきたが、一升ビンの用意はない。当り前だ。仕事のつもりだもの。ところが三高先生の一行はチャンと何本かの一升ビンの用意もととのえてきている。先廻りのサクラもこの地に配しておいたほどだから、ここで飲むために予定してきた一升ビンに相違ない。
「予定はキチンとしているらしいな。すると、もっと手のこんだ予定ができてるかも知れないぞ。いよいよ面白くなってき
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