パン街でも四方を拝むぐらいだから、演説の方は益々もって紋切型。
「ワタクシはこのたび立候補いたしました三高吉太郎、三高吉太郎であります。ワタクシの顔をよーくごらん下さい。これが三高吉太郎であります」
と例の如くにやりだしたから、あまり関心をもたなかった花見客もドッと笑って、意外に大きな人だかりになってくれたのは有りがたいが、いずれも酒がはいっているから、ヤジのうるさいこと。よそではヤジのはいらぬところにまで四方から半畳がとんで大賑い。一番うるさく半畳をとばすのが、オモチャのチョンマゲをかぶった酔客である。ところが、これを、よく見ると、先夜寒告が三高を訪れたとき、取次にでてバカ笑いした人相の悪い四十男である。「さては、奴はサクラだな」
なるほど、いかにもサクラに向く人柄だ。花見の場所へ先廻りして酔客に化けているのがいかにも役柄にはまった感じ。ところが、先生本当に酔っているらしく、半畳やマゼッカエシをとばせるばかりで、一向にサクラ的な言辞がない。しかし、それが時宜に適していたのだろう、酔ッ払った聴衆の黒山のような群のなかで、まともにサクラ然とした言辞を吐けば、一そう笑いものになるばかり
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