「ワタクシの耳、ワタクシの速記でしょう。紳士はふだんのタシナミを失ってはいけません」
「メモを返せ」
「あなたのメモは正確そのものですよ。ただ、音の解釈がちがったのです。手を放さ[#「放さ」に傍点]ないでくれの意味ではなくて、何かの秘密を話さ[#「話さ」に傍点]ないでくれ、アア無情、アア……こう解釈しなければならなかったのです」
 寒吉はコン棒でブンなぐられたようにガク然としてしまった。思わず立ち上りかけると、巨勢博士はニヤリと制して、
「まだ早い。落ちついて。落ちついて。三高氏はそもそも選挙演説のヘキ頭から、自分がジャンバルジャンであることを語っているのです。それ、メモをごらんなさい。よろしいですか。ワタクシはこのたび立候補いたしました三高吉太郎。三高吉太郎でございます。よーく、この顔をごらん下さい。これが三高吉太郎であります。とね。つまり、三高吉太郎という顔のほかにも、誰かの顔であることを悲痛にも叫んでいるのですよ。その誰かとは、ジャンバルジャン。即ち、マドレーヌ市長の前身たるジャンバルジャン。つまり三高吉太郎氏の前身たる何者かですよ。それはたぶん懲役人かも知れません。ジャンバル
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