たんじゃないかね」
「知ったかぶりのセンサクはよせ」
「失礼。君の新聞記者のカンは正確に的をついていたのだよ。君の矢は命中していたが、不幸にして、君には的が見えないのだ。達人の手裏剣がクラヤミの中の見えない敵を倒しているようなものだ。水ギワ立った手のうちなんだね。ところがボクは笑止にも的を見分ける術だけは心得ているらしいな。自殺文士の本に何らかの読む理由があったように、ああ無情も読む理由があったのは云うまでもないね。そして、君の疑いは正確だった。泣きながらアア無情と喚いたとき、三高はその秘密をさらけだしているじゃないか」
「ウソッパチ云いなさんな。ああ無情と云ってるだけじゃないか」
「放さないでくれ、ああ無情と云ってますよ」
 と巨勢博士はニヤニヤ笑った。
「それが、どうしたのさ」
「自分のメモを思いだしてごらんよ。三高氏は手足をバタバタやりながら、放さないでくれと云ったのさ。その喚きは、ちょッと不合理でしょう。放してもらいたくない気持なら、しがみつく筈ですよ。ところが、手足をバタバタやって人の肩から外れたいような動作をしているのはナゼですか」
「オレの耳、オレの速記は正確そのものだ」
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