も知れないが、ワタクシは文学のことは心得が浅いのでな。そうだ。ひとつ、巨勢《こせ》博士にきいてみよう」
 巨勢博士というのは博士でもなんでもないが、妙テコリンな物識りで、彼と同年輩、まだ三十前の私立タンテイである。二三年前、不連続殺人事件という天下未曾有の怪事件を朝メシ前にスラスラと解決して一躍名をあげたチンピラである。
「あのチンピラ小僧め、案外マグレ当りがあるようだから、ひとつ相談してやろう」
 そこで寒吉は幼友達のタンテイ事務所へ駈けつけたのである。

          ★

 巨勢博士は寒吉の話を謹聴し、しきりに質問し、また熱心にメモをしらべた。
 そのうちに彼は次第に浮かれだした。
「君のメモの才能は見上げたものだね。いまに偉くなるぜ。新聞記者の王様になるかも知れないな。しかし、犯人はつかまらないから、タンテイ根性はつつしむのが身の為だ。せいぜいボクの智恵をかりに来たまえ。君のメモに結論の一行を書きたしてあげるよ。犯人の名前でね」
 寒吉は気をわるくした。このチンピラはどういうものか会うたびに胸がムカムカする。その過去の厳粛なる歴史の数々をようやく再確認して、しまった畜生メ
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