選挙のことは思いだすのもイヤです」
夫人がそれをひきとって、
「四五日前に、選挙に使ったもの、みんな燃しちゃったんですよ。店の若い人達もモシャクシャしてるものですから、あれもこれも燃しちゃえで大騒ぎでしたよ。選挙事務所で使ったイステーブルまで景気よく燃しちゃったんです。ここの家じゃア有り余る物ですから燃しちゃっても平気のせいもありますけどさ」
寒吉はハッとした。犯罪の跡を消すには煙にするに限ることは云うまでもない。
しかし、四五日前といえば、いかにも日がたちすぎている。誰かの死体が発見されてからでも十日にはなる。犯罪を隠すためなら、もっと早く燃すべきだ。部屋の中を見廻すと、芥川や太宰の本はもう見られなくて、およそ通俗な雑誌類があるだけだ。
「芥川や太宰はもうお読みにならないのですか」こうきくと、夫人がそれに答えて、
「それも燃しちゃったんですよ」
三高はフッフッと力のない笑声をたてた。苦笑であろう。
「変な本、ない方がいいわ。ふだん読みもしない本」
「選挙の時だけ読んだんですか」
「選挙前から凝りだしたんですけど、自殺した人の小説本ですッてね。面白くもない。でも、あの本だけは、
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