「四十がらみの男ですよ。ボクがはじめてお宅へ行ったとき取次にでた男なんです」
「そんな人いたかしら?」
「いましたよ。キチガイじみた高笑いをした男がいたじゃありませんか」
「そう、そう。江村さんね。あの人は従業員じゃありませんよ。ウチの者じゃないのよ。選挙の運動員でもないわ。たまに来て手伝ったことはありますけど、お金を盗んで、それッきり来ないわ」
「お宅のお金を盗んだのですか」
「ええ。選挙費用を十万ほどね。選挙のことだし、今さら外聞がわるいから表沙汰にもしないのよ。ひどい人」
「いつごろ盗んだのですか」
「ハッキリ覚えていませんわ。あの人なら貸したが最後、返さないわよ、ウチでなんとかするでしょうから、主人に云ってみて下さいな」
「それほどの物じゃないんですよ、ただ奥さんの顔を見たから、ちょッときいてみる気になっただけさ。あの人は、いったい何者ですか。人相のわるい男でしたね」
「むかしの知り合いらしいわ。私たちの結婚前のね。どんな知り合いかよく知りませんが、よくない人よ。私の知らない頃の主人の友達なんて、なんだか気が許せない気がしてイヤなものですわ。主人まで気が許せなく見えるんですもの
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