彼女の顔はあくまで涼しいものだった。
社へでて部長に報告した。
「なんでケンカになったんだ」
「それが分らないんですが、大方サクラの奴が仕事に忠実でないから、横ッ面を張られたのでしょうな。酔えば張りたくなるような奴なんですよ」
「それじゃア何から何まで変なところはないじゃないか」
「女房にも立候補の秘密をあかしてなくともですか」
「バカ。秘密がないからだ」
「ナルホド」
「しかし、記事にはなるかも知れんな。花見酒の候補者。書いてみろ」
「よして下さいよ。そんなの書くために一日棒にふりやしないよ。今に見てやがれ」
「アレ。まだ諦めないのか」
「諦められないとも。こうと睨んだ稲荷カンスケの第六感、はずれたタメシは――」
「大ありだ」
「その通り!」寒吉はパチンコにもぐりこんで、半日ウサをはらした。
寒吉はコクメイにメモをしておく習慣があった。社会部記者の目は一物も見逃すべからずという戒律の然らしめるところで、ヒマあればこれを取りだして心眼を磨くのである。
「これだ! ざまア見やがれ!」
メモに「陰鬱なる目。彼ののぞかせた唯一の本音」とある。鬼の首とはまさにこれだ。この目をつかんだ以
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