私にも打ち開けてくれないのです」
 奥方の声がうるんだ。しかし、寒吉にとってはバンザイだ。やっぱり何かあるのだ。奥方にもナイショの秘密。敗北せざるうちからのヤケ酒。これがクサくなければ、天下に怪しむべきものはないじゃないか。だが、功を急いではいけない。奥方は秘密を知らないのだから、いらざる聞きだしをあせらずに、まず奥方の心をとらえておくことだ。
「御心配なことですね。ですが三高さんも必死の思いでしょうから、できるだけ慰め励ましてあげるようになさることですな」
「私もそのつもりにしてるんですよ。そして、せめて一票でも多いようにと、蔭ながらね」
「ゲッ。いけませんよ。あなたが蔭ながら運動すると選挙違反ですよ」
 こう云われても涼しい顔をしているのは、選挙違反という言葉にも縁遠いようなよくよく世間知らずの生活をしているせいだろう。あるいはロクに教育もないのかも知れない。善良そうではあるが、めったに新聞も読まないような女に見えた。そこで寒吉が選挙違反について説明の労をとると、その親切だけ通じたらしく、彼女はニコニコして、
「ありがとう。でも私が蔭ながらしてるのは、神サマを拝むことだけですよ」

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