の稽古に余念もなく、一日に三十枚ぐらゐづゝ葉書を書き、来客の顔を見れば得たりとばかり一分間に六万語づゝ喋りはじめ三時間目ぐらゐになつてやうやく彼の喋つてゐることが少し分りかけてくる。尤も、僕はウム/\と合の手を入れてはゐるが実はてんできいてはをらぬ。かういふ不思議な人物がどのやうな手法によつてこの世に現れるに至つたかといふことに就ては僕の甚だ知りたいところであるけれども、大井君のお母さんにウッカリ彼の少年時代の教育法など尋ねようものなら、得たりとばかり之又一分間六万語づゝ六年間もたてつゞけに喋られてしまふ。生命にかゝはる問題だからウカツなことはきかれぬ。単純怪奇、手に負へぬ家族達である。
 剣劇の俳優、レビューガール、どんな大部屋の大根役者でも大井広介にきけばたちどころに名前が分る。映画俳優、三段目以上の角力《すもう》、真田十勇士、なんでも知つてゐる。僕の住む矢口の渡し界隈にザリガニが繁殖しザリガニ料理は西洋では最高級のひとつだといふ話であるがどんな料理であらうか。僕は辞書を調べたが分らぬ。と物知りのある先生がそれは君「歴史は夜つくられる」といふ映画にでゝくる料理がそれだぜ、といふので
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